署の概要

光が丘警察署の誕生
光が丘地区の沿革
 昭和22年4月東京都は、マッカーサー司令部の米軍家族宿舎の建設事業命令により特別建設事業所を設置し、練馬区旭町の成増飛行場跡地に米軍家族宿舎(グラントハイツ〜アメリカ18代大統領で親日家「グラント将軍」にあやかった)が建設開始され、昭和23年6月に竣工しました。

このグラントハイツは、敷地面積約18ku(約60万坪)、建物数790、軍人世帯1,260戸、学校、教会、劇場、売店プ―ル等が完備され、大変広大なものでありました。
グラントハイツ全景写真 南通用門写真 警備派出所写真
(1)グラントハイツ全景 (2)南通用門 (3)警備派出所
 「練馬の中のアメリカ」と称されていたグラントハイツは、度重なる折衝により、昭和47年7月以降部分的に返還がなされ、昭和48年9月に返還が完了しました。

 このグラントハイツ跡地は、練馬区のキャッチフレ―ズ「緑と太陽」にふさわしい「光が丘」と決定し、平成4年度を目標に総戸数12,000戸、人口42,000人のマンモス団地「光が丘パーク夕ウン」として、建設が昭和55年度から本格的に着工され、平成4年度に完成しました。
 
光が丘警察署の誕生
 パーク夕ウンの建設、周辺の住宅化による人口の増加、練馬・石神井警察署の負担増、地域住民からの強い要望があったことから、

 昭和45年7月練馬、石神井の両署を三分割し、元グラントハイツ内に警察署を新設しようと検討、その後、数々の会議を経て正式決定され、

 昭和63年7月、警視庁の設置に関する条令の一部を改正する条例が公布署名され、「光が丘警察署及び管轄区域」が正式決定された。同時に警察庁舎の建設が着工され、平成2年3月竣工しました。同年4月1日、練馬警察署の西部(北町、錦、田柄、高松、旭町の一部)、石神井警察署の東部(南田中、高野台、富士見台、谷原、三原台、士支田、高松・旭町の一部)を分割し、警視庁で初めての二署からの分離分割署として、警視庁99番目の光が丘警察署が誕生したのです。
管内概要
 練馬区を練馬警察署と石神井警察署とで三分し、光が丘署は練馬署の北西部、石神井署の東部の13,24kuを管轄しています。

 隣接警察署は、高島平、志村、板橋、練馬、野方、荻窪、石神井、及び埼玉県警朝霞警察署の8署、管内世帯数は約93,555世帯、人口は約197,045人(平成29年1月1日現在。住民基本台帳より)

 管内は、光が丘パーク夕ウンを中心とする光が丘地区等12の町で構成され、環八、川越街道、目白通り、笹目通り等の主要幹線道路が通り、光が丘公園、光が丘清掃工場等があります。
光が丘公園写真1 光が丘公園写真2 光が丘公園写真3
光 が 丘 公 園
 管内の鉄道駅は、西武池袋線「練馬高野台駅」、都営地下鉄大江戸線「光が丘駅」があり、有楽町線「地下鉄赤塚駅」出口の一部を管轄しています。

 道路は、川越街道、目白通り、環状八号線、笹目通り、新大宮バイパスの幹線道路が走り、長野県新潟県方面に通じる関越自動車道練馬イン夕−チェンジがあり、交通の要所となっているほか、豊島園通りなど大小の道路が縦横に走っています。
光が丘公園地図


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