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荒川区南千住は、江戸から日光への参拝や参勤交代の往来で賑わう、日光街道中最初の宿場町としてだけでなく、水陸両交通の拠点として栄えてきました。
1871年(明治4年)に千住南町組と改称され、その後1889年(明治22年)に南千住町へと改称され、現在に至っています。
歴史の跡と下町情緒が残るJR常磐線西側地区と、南千住西口駅前地区市街地再開発事業やつくばエクスプレスの開業等、大規模なまちづくりが進むJR常磐線東側の汐入地区と、異なる表情を楽しむことができる魅力溢れる街となっています。 |

(荒川区経済産業部観光振興課発行 「荒川区南千住まちあるきマップ」より) |
千住大橋は、徳川家康が江戸に入り、初めて架けた
橋です。
この辺りは江戸の北の玄関口であり、松尾芭蕉もここ
から奥州へと旅立ちました。また、歌川広重の名所江戸
百景「千住の大はし」にも描かれています。 |
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千住大橋 |
殖産興業をすすめる明治政府のもと造られた日本初の
官営毛織物工場である。現在は当時の煉瓦塀の一部が
残っています。
ここでは、軍服や警察官の制服生地を製造しており、約
70年間稼働し日本羊毛工業発祥の地となりました。 |
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旧千住製絨所煉瓦塀 |
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1868年(慶応4年)の上野戦争で戦死した彰義隊士が
葬られています。彼らの死を悼み弔ったのが円通寺の住
職という縁で、上野寛永寺の黒門が移設されました。
そこに残る弾痕は、当時の戦闘の激しさを現代に伝えて
います。 |
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円通寺・上野寛永寺黒門 |
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ウィーン市ドナウシュタット区と友好都市提携を結んだ記念
として、駅前にドナウ広場とドナウ通りが整備されました。
広場には「ドナウの調べ」と名付けられたブロンズ像が、両
区の永遠の友好を願って置かれています。 |
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ドナウ広場 |
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795年(延歴14年)、荊石が微妙な光を放ち、その光のう
ちに翁の姿をした素盞雄命、事代主命が現れて神託を告げ
たといわれています。その石は瑞光石と呼ばれ、この二神を
祭神としました。
管内の「瑞光」という名称は、これに因るものであり、また
荒川区内最大地域の鎮守でもあります。 |
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素盞雄神社 |
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隅田川沿い(汐入地区)は、再開発により中高層マンショ
ンが建ち並び、また水辺や公園が整備されたニュータウ
ンとして生まれ変わり、人口が大幅に増加しました。
整備された汐入地区からは、隅田川の先にスカイツリー
も臨むことができ、区民の憩いの場となっています。 |
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汐入再開発地域とスカイツリー |
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| 大正 4年 6月15日 |
千住警察署南千住警部補派出所開設 |
| 大正 6年 4月 1日 |
南千住分署に昇格 |
| 大正 7年 5月22日 |
南千住警察署誕生 |
| 昭和 3年 3月31日 |
旧南千住署庁舎完成 |
| 昭和20年 5月10日 |
空襲で署庁舎全焼 |
| 昭和60年11月28日 |
現所在地(旧東京スタジアム跡地)に新庁舎が完成し、現在に至る。 |
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| 旧南千住署庁舎 |
旧東京スタジアム |
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昭和60年11月完成 現南千住警察署庁舎 |
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