矢切の渡し
矢切の渡し
 柴又7丁目から対岸の松戸市矢切までの江戸川を渡るものであり、寛永8年9月、幕府から当時の管理者である関東郡代(伊奈半十郎)に出された渡川規定書に「柴又村船渡向矢切村」とあり、江戸時代のはじめ、既に近在農家等の交通機関として利用されていたと思われ、現在は都内随一の渡しで柴又、新宿、東金町地区の広域避難場所にも指定されています。
 
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